水滸巡礼~108の足跡~金大堅(きんたいけん)

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山塞に導かれた名職人
宋江救出に彫った印章

金大堅は、済州(現山東省済寧市)で、
彫刻や印章製作で生計を立てていた。
その腕前は華北一と言われ、
技術の高さと作品の美しさをたとえて、
「玉臂匠(ぎょくひしょう、女性の美しい腕の意)」と
呼ばれた。

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金大堅はある日、書道家の蕭譲(しょうじょう)とともに、
泰安(現山東省泰安市)の道士から彫刻を依頼された。
2人は泰安に向かったが、道中何者かに襲われ、
梁山泊に連れ去られた。
彫刻を依頼した道士の正体は、梁山泊軍師、呉用(ごよう)。
朝廷に謀反の罪で捕らえられた宋江を救うべく、
彼らを山塞に入れたのだった。
宋江は江州(現江西省九江市)で捕まり、
宋の宰相・蔡京(さいけい)の息子、蔡九(さいきゅう)が
牢を守っていた。
呉用は、蔡京の手紙を偽造して宋江を救い出そうと考え、
蕭譲に宋江処刑延期の旨が書かれた手紙を、
金大堅に印章の製作を命じる。
そして金大堅は、見事蔡京の印章と瓜二つのものを作り上げた。
手紙は蔡九のもとに届いたが、呉用の失態で、
蔡京が親族に使う印章と違うものを彫らせてしまったため、
作戦は失敗に終わる。
しかし、結果的に梁山泊軍が乗り込んで宋江を救出。
作戦は成功しなかったものの、金大堅の腕は認められ、
その後、軍の印章や鑑札を製作するなど、
裏舞台で手腕を発揮した。

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金大堅が生まれた山東省済寧市は、
孔子の故郷としても知られる。
昔から、市中央を京杭大運河が流れていたことで、
物資集散の中心となり、かつては山東で最も、
経済、文化の発展した場所であった。
金大堅の巧みな技術も、
済寧市が生み出したひとつの文化と言えよう。

 

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~北京ジャピオン2013年7月15日号

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