水滸巡礼~108の足跡~楽和(がくわ)

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笛の音に喩えられた歌声
歌声を合図に内部撹乱

楽和は音楽の才にあふれる地楽星の生まれ変わりとされ、登州(現山東省煙台市蓬莱市)にいた頃は、獄吏として勤めていた。古今のあらゆる音楽に精通し、その中でも特に歌に秀でることから、その声を笛の一種「叫子(きょうし)」に喩え、「鉄叫子(てつきょうし)」の名で呼ばれた。

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楽和は実の姉の夫である孫立(そんりつ)に槍棒術を教わったが、ある日、その弟の妻・顧大嫂(こだいそう)の従兄弟、解珍(かいちん)と解宝(かいほう)兄弟が、無実の罪で牢に押し込まれた。楽和は、顧大嫂と孫立にこの件を伝えると、救出を呼びかける。かくして彼らは見事兄弟の救出に成功した。

その後、行き場を失った楽和らは、梁山泊に加入するべく策を講じ、梁山泊が戦闘中の祝家荘に、援軍に参じたと称して内部潜入する。そして集落一帯に響き渡る、楽和の美しい歌声を合図に反旗を翻すと、祝家荘を攻略。これが梁山泊に評価され、彼らは仲間入りを果たすことができた。

入山後は機密伝達役として活躍するほか、宴会の席では燕青(えんせい)の琴、馬麟(ばりん)の笛に合わせて歌を披露しては、豪傑たちを大いに楽しませた。梁山泊が朝廷入りすると、歌の実力を皇帝の娘婿・王都尉(おうとい)に買われ、余生を平穏に暮らしたという。

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楽和の生まれた山東省濰坊市昌邑市。山東半島の北西部に位置するこの町は、5000年以上の歴史を有し、千戟荘龍山文化遺跡や博陸山周代遺跡など、周代の遺跡が200以上も残る。笛の音のような楽和の歌声は、この地を包むように鳴り響いたのだろうか。

 

 

 

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~北京ジャピオン2014年02月10日号

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